サリンジャーが亡くなりましたね。
サリンジャーといえば、The Catcher in the Ryeの作者ということになるのでしょうが、実をいうと「ライ麦畑でつかまえて」という作品には、とりたてて感想がありません。
あれは、わたしの中では、ダザイ作品やカミュの「異邦人」あたりと同列に並べられているのですね。
なんというか、なんだかよく分からないヒトが主人公の話。
まじめな愛好者にとっては、トンデモない話ですが、まあ、個人的にはそうです。
おそらく、わたしには、彼らの発するメッセージを受け取るチャンネルが欠けているのでしょう。その能力がない。
しかし、The Catcher in the Ryeには、特別な思い入れがあります。
それは、わたしが中学生の頃に読んだある書物にこう書かれていたからです。
配偶者を求めております。
・ごく贅沢に育てられたひと
・ただし貧乏を恐れないひと
・気品、匂う如くであること
・しかも愛らしい顔だち
・エロチックな肢体をあわせ持ち
・巧みに楽器を奏し(ただしハーモニカ、ウクレレ、マンドリンは除外す)
・バロック音楽を愛し
・明るく、かつ控え目な性格で
・アンマがうまく(これは大事だ!)
・天涯孤独であるか、ないしはごくごく魅力的な家族をもち、(美しい姉や妹たち)
・ルーの下着、エルメスのハンド・バッグ、ジュールダンの靴を愛用し
・サリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」が一番好きな小説で
↑これです。
・片言まじりの外国語を話し
・当然酒を飲み
・料理に巧みでありながら
・なぜか、カツパン、牛肉の大和煮、などの下賤なものに弱点を持ち
・猫を愛し
・お化粧を必要とせず
・頭がいいけれどばかなところがあり
・ばかではあるが愚かではなく
・まだ自分が美人であることに気づいていなく
・伊丹十三が世界で一番えらいと思っている
・私よりふたまわり年下の少女
文中にあるように、これは伊丹十三、31歳当時のエッセイ「女たちよ!」に書かれた文章なのですが、この中の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」ってのが、当時のわたしには、なんだかよく分からず、でも、かくも魅力的(男が考える自分勝手な魅力ですが)な女性が読むのだから、すてきな小説に違いない、と思ってすぐ手に入れて読んでみたのですが……というトコロです。
伊丹氏は、別なエッセイで、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を原書で読む女性が良い、とも書いていますね。
なんだかよくわからないと書きながら、わたしも原書をもっていますし、それも読みましたが……やはりダメでした。
訃報に接した日本の文学者は、
「文学的にはもう死んだと思っていた。生物学的な死が追いついた気がする」
と、学者的に突き放したコメントを発しています。
あるいは、愛憎(もっとたくさん書いてくれよっていう)半ばする気持ちがいわせた言葉なのでしょうか。
ともあれ、ご冥福をお祈りいたします。