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室内野球 ~市井にあふれる才~

「銭ゲバ」最終回について書こうと思いましたが、最後の蛇足が気に入らないのでやめました。

 かわりに、というか、今日は絶対に紹介したいと思っていた「文章」について書きます。

 昨日、海堂尊氏の文章について、エラソーに分析的なことを書きましたが、わたしに、そんな資格はありません。

 たいした文章など何も書いていないからです。

 世の中には、ブンピツで身を立てずとも、作家として世に出ずとも、すばらしい才能を持つ人々が
綺羅星(キラボシ)のように存在しています。

 今日、出先で、何気なく新聞を手にとって読み始めると鳥肌が立ってしまいました。

 日頃から「小説はエッセイのように語り、エッセイは小説のように紡ぐ」ことを、心がけていますが、なかなか思うようにはいきません。

 短い文章の中に、知識があり、ドラマがあり、感動があり、驚きがあり、読後に余韻を残す。

 わたしのエッセイとしての理想形です。

 しかし、今日手に取ったサンケイ新聞(3/13日版)の「夕焼けエッセー」に掲載されていた、神戸市東灘区の会社員、佐野 武氏(51歳)の文章には、その全てが入っていました。

 新聞を読んで泣いたのは初めてだよ。

 この文章ばかりは、「安易にスキャナで取り込んで文字認識させるな」どということは到底できません。

 わたしが一字一句、間違いのないように、改行位置もそのままに、手で入力させていただきます。

 どうか、味わってお読みください。

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「室内野球」

 小学校3,4年の頃の正
月休みだった。
 「『室内野球』をやろう
!」と父が古びた小箱を持
ってきた。
 「野球のゲームや。でも
な、これはいつも、いかに
も野球のスコアで試合が終
わるねんで」
 室内野球とは、戦前から
戦後にかけて売られていた
野球のカードゲームだっ
た。グラウンドの台紙を広
げ、各ポジションに小型の
カードを置く。投手の投球
ごとにサイコロを振る。打
者の駒をひっくり返すと走
者の絵柄になったが、どち
らもブカブカの古いユニホ
ーム姿が描かれていた。
 親と遊ぶことに恥じらい
を感じる年頃の上、まるで
防空壕から出してきたよう
な汚い小箱に、最初は気が
乗らなかったが、いざやっ
てみると、試合は白熱した。
 父は攻撃の時、いつも
「それっ!」と声を上げサ
イコロを振った。
 得点すると父は、球場に
響く大歓声を小声でまね
た。いつしか実在のプロ野
球選手を集めて戦うまでに
なったのだが、試合は常に
阪神対阪急であった。私が
阪神である。南海ファンの
叔父が訪れたときは野村、
杉浦などの強者が顔をそろ
えた。
 古く焼け、セロハンテー
プで波打ったグラウンド
は、黒いボードにポスター
カラーで白線が引かれた立
派なものに私が変えた。
 そのゲームも14年前の地
震の朝、父とともに姿を消
した。
 父さん、今年も野球の季
節が来たよ。でも父さん、F
Aも大型補強もない、俺た
ちだけの野球は、ほんまの
野球より面白かったよな。

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 素晴らしい!

 マンガ全盛の世にあっても、文章には、まだこんなに力があるのだ。

 こういう文章に出会うと、自分の文を読み返して、穴があったら入りたくなりますね。お恥ずかしい。

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