これは、ほぼ逆転裁判の主題といってよい音楽です。
オーケストレイションでは、オープニング、エンディングともに幾度となく繰り返し、この主題は使われます。いわゆるベートーベンのコアにあたるのがこの旋律です。
明るくポップでキッチュ(ってどんな意味?)で優美な良い曲です。
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これは、ほぼ逆転裁判の主題といってよい音楽です。
オーケストレイションでは、オープニング、エンディングともに幾度となく繰り返し、この主題は使われます。いわゆるベートーベンのコアにあたるのがこの旋律です。
明るくポップでキッチュ(ってどんな意味?)で優美な良い曲です。
逆転3のゴドー検事。
好きです。
スタートレックばりの視覚補助装置と珈琲偏愛と意味不明な発言。
そして「愛する女を護れなかった後悔」
最後の告白。血の涙。立ってます。キャラが立ってます。
後に、さりげなく珈琲が好きというだけだからでなく、かつて受けた毒のために滅しつつある身体を覚醒させるためにカフェインを飲まざるを得ないことに触れ、また、彼の「紅茶が飲めない」という事実が事件の核心に通じている、という設定もふるっている。
彼が、逆転裁判3にしか出ないというのが納得できない。
4で新展開にするために、こういったキャラクターさえ捨てるなら、思い切って全部捨てないといけません(逆転裁判4)。
中途半端に愛着をもって(あるいはトップのヨコシマな打算のなのか)、世界観を変えた後に、性格まで歪めて以前の主人公を出すとすべてを台無しにしてしまいます。
賛否両論ある、クドい言いまわし。ことあるごとに呟く「クッ」など。ゲームのキャラクターとしては満点ですね。
ああ、視覚補助で思い出したけど、逆転裁判って近未来の話だったんだなぁ。
裁判制をゲームにあったものに変えたいから未来にしたんだろうが、車や携帯電話、その他の社会制度はほとんど変わってないから未来って体感がなかった。
ゴドーの名の由来は事件のあった土地の名……ではなくて、あの難解をもって鳴るベケットの戯曲からだろうな。おおよそ、演劇に携わる、あるいは演劇理論をかじったことのある者なら知らぬはずのない名作だ。
かの劇では、結局いくら待ってもゴドーは現れなかった。
そもそもゴドーなる人物は存在したのだろうか。
この逆転3に出てくるゴドーも、結局は、真に存在しない人物だったから、やはりこのゴドーは、あのゴドーなのだろう。
先日、逆転裁判1-3を一気に終了しました。
ムジュンを衝く点に矛盾はいくつかありましたが、それ以上にしっかりした世界観とキャラクターに対する愛情が感じられ、やり終わってホッとする良いソフトです。
4からは、上からの圧力もあって、3までの主人公が「人生斜に構えたウラブレ野郎」になってしまったらしい上、音楽も、イマイチになったそうなので、今のところ、る気もありませんが、3までは傑作です。