先日、ツイッターのタイムラインを見ていて、ある大学の教授の方(機械工学専攻)が、
「御用学者、御用学者と安易に口にする人がいるが、学者として、政府の意向にそって学会の常識と違った発言をすると研究者の世界で地位を失う。だから御用学者などいない」
とツイートされたので、
「それは、あなたが専攻される『機械工学』が、国力に直結するエネルギー部門のように利権まみれではないからです」
とリツイートしました。
もし、彼が、本気でそのように考えているなら、おそらく幸せな象牙の塔に暮らしている碩学(せきがく)の人なのでしょう。
しかしながら、311以後、巷間(こうかん)で、喧(かまびす)しく行き交う単語「御用学者」は空想の産物ではありません。
学生であった時、エネルギー研究の教授が、なにかの折、打ち明け話のように、
「こんなことをいうと、君たちは失望するかもしれないが、大学の枠を越えた政府肝いりの核融合炉研究会が、このところ頻繁に行われているが、私を含め、実際の研究者自身が、その技術の成功を信じていないので、会合を開くたび、政府から潤沢に渡される金をつかって、地方の良いホテルで盛大に飲み食いしているのが現状だ。もらう金は使わないといけないからね」
というのを聞きました。
おそらく、件(くだん)の機械工学の研究者には、このような、国から与えられる「オイシイ」賄金(まいないきん)を受け取ったことが無いのでしょう。
エネルギー産業、特に原子力関係の研究者にバラまかれる金は、半端な額ではありません。
察するに、よほど巨額の金が動く利権が絡んでいるのでしょう。
金をくれるだけならいい。
金だけ受け取って、主義主張を曲げなければ良いのです。
しかし、一般人なら、それは不可能でしょう。
相手は、水心を望んで、魚心で金を渡すわけですから。
こうして、顕在的あるいは潜在的御用学者が育っていく訳です。
まあ、それでも、さすがに、あまりにちぐはぐな政府見解を承認しろと言われたら、先日の、小佐古敏荘(こさことしそう)東大大学院教授のように、「この線量を認めたと学会で思われたら、私の学会での地位がなくなる」と反旗を翻す人も出てきますね。
話はかわりますが、最近の「もと原発推進学者」たちの言動をみていると、ソ連崩壊の時のマルクス経済学者の姿に奇妙にオーバーラップして見えて仕方がありません。
かつて、ソ連が崩壊する以前、日本の経済学を席捲していたのは、マルクス経済学でした。
マルキスト(マルクス学派)にあらずば経済学者にあらず、はちょっと言い過ぎですが、まあだいたいはそんな状態であったわけで、ケインジニアン(ケインズ学派)などは、ずいぶんと肩身の狭い思いをしていたと聞いています。
しかし、ソ連が崩壊し、ロシアが誕生すると、今まで肩で風を切っていた感のあるマルキストが急にナリを潜め、どこかにいってしまいました。
テレビに登場する経済学者の顔ぶれまで変わってしまい、素人のわたしにすら、その影響が目に見えたほとでした。
今、これまで原発を推進してきた学者たちは、当時のマルキストさながらに、口をつぐみだしています。
そりゃあ、それは無理もない。
現時点で、原発が放射能を撒き散らしているのは事実だし、今、原発の必要性と安全性を説くのは、誰もが分かる愚策ですから。
もっとも、現段階でもきっぱりと原発推進を公言する人々がいます。
彼らは、よほど骨の髄まで「魚心の水」がしみこんだ愚か者か、信念をもって日本に原子力が必要と考えている人でしょう。
個人的には、日本のエネルギー政策を、原子力からその他のものに梶を切って欲しいと考えています。
あるエライ学者さんが、
「今回の原発事故のおかけで、どれほど(様々なものに対する)日本のブランドに傷がついたか。これが日本に及ぼす影響は計り知れない」
と言っていました。
確かに、そう考えればその通りでしょう。
しかし、逆に考えれば、これを機に、様々なエネルギー源に集中的に資金を投下して、劇的なイノベーションを推進させることが可能になったということです。
かつて世界屈指であったエネルギー関連技術が、この十数年で、各国の後塵を拝する体たらくとなっています。
国による、開発援助の資金が打ち切られているからです。
311より二ヶ月前に、関西のテレビ局の放送で、民間の潮流発電研究者が韓国の技術提供を受けて鳴門海峡で潮流発電の実験を始めた、というニュースを見ました。
かつては、日本が韓国に技術提供をするほどであったのに、国の補助が一切打ち切られてから研究が進まず、今では韓国から技術提供を受けなければならないほど遅れてしまったということでした。
結局、その実験機器はすぐに故障して、あまり有益なデータはとれなかったそうです。
それほど、日本の各種エネルギー技術の水準は下がってしまっている……
こういった、原子力以外の自然エネルギーに対する国の施策は、そうとは思いたくありませんが、あたかも原発を推進するために、他のエネルギー技術を頭打ちさせようとしているかのような印象を与えます。
まあ、事実がそうであろうとなかろうと、今回の件で「原発ありき」の方針はほぼなくなったわけですから、これを機に方針転換を図るべきです。
先日、某大手電機メーカーにつとめる友人がやって来て、
「いままで我が社を含め、日本の電機メーカーなどは、原発由来の格安の深夜電力を使って工場を稼働させてきた。深夜電力が安いのは、原発が夜も昼も出力を落とせないから、余った夜の電気を安くしているだけだ。もし原発でなく、昼間しか発電できない太陽光やコストのかかる他の自然エネルギーで電気代が値上がったら、我が社ほどの大企業でも倒産するかもしれない」
と真顔でいうので、つい言い返してしまいました。
「もともと大企業は、何かあれば『海外に出て行く』と、猿芝居のコケオドカシをかけて政府とデキレースをやったあげく、個人の電気代よりはるかに安い料金で電気を使っているではないか。だいたい、おまえたちの会社だって、大企業と威張ってみても、たかだか数十年の歴史しかない会社だし、日本が電機や技術に強いという神話も100年にみたない歴史しかない。だったら、今、リセットをかけて違う分野に枝を伸ばしても良い時期なんじゃないかな」
確かに、今度の震災+原発事故で日本経済は大打撃を受けるでしょう。
しかし、日本にはまだ人材がある。
ロン・バード(別項参照)が予言する、「新たなる世界のリーダーたるべきたくましい日本の再生」には、老人たちのしがみつく既得権に封殺された閉塞感の中でやる気を失い「ゾンビのように家に引きこもる若者(ロン・バードの原文ママ)」が、力を発揮できる新しい場所を、なにも政府が提供しろとはいわない、そんなものは民間に任せた方がいい、見守り、これまでのようにイヤラシイ横やりをいれて邪魔をしないようにすることが必要だと思うのです。