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スローターハウス5  SFか現実か?

 ある男が、自分の意思に反して、ひんぱんに自分の生涯を行き来する。

 つまり、彼は、ふと気がつくと青年であり、少年であり、中年であり、うっかりすると老人となって、その時々の人生を経験するのだ。

 何度も何度も。

 ある時は少年期の経験を追体験し、またある時は妻の死に立ち会う。

 あるいは、従軍した戦争のつらい記憶を再体験し、次の瞬間には自分の死を経験する。




スローターハウス5
640円

 これが、つまりカート・ヴォネガット・ジュニアの小説「スローターハウス5」なのだが、わたしはこの話を、小説ではなくジョージ・ロイ・ヒル監督の映画(1972年)で知った。

 作者自身が、原作より良くできている、と感心したといわれているものだ。

 映画をご存知ない方のために、ごくごく簡単にはなしを紹介すると、新兵ビリー・ピルグリム(主人公)は、戦争(第二次大戦)でヘマをしでかし捕虜になる。

 そして彼は、ドイツの風光明媚な古都ドレスデンへと送られ、そこで英米の無意味かつ苛烈な大爆撃を経験する。

 世に言う「ドレスデン爆撃」である。

 かろうじて生き残った彼は、戦後、(多少の戦中トラウマは残るものの)ごく普通に社会に復帰し、結婚をし、子供をもうける。

 そして、飛行機事故に遭い、ひとりだけ助かる、

 事故を聞いて錯乱した妻は自動車事故で死ぬ。

 ひとりになった彼は、トイレのパッコン(ってわかりますよね。でっかい吸盤のついたやつ)に似たトラルファマドール星人誘拐され、彼らの動物園でポルノ女優モンタナ・ワイルドハックとともにガラス張りの部屋で住むことになる。

 だが、その間も、彼の意思は、さまざまな時間にランダム・ジャンプを繰り返す。

 やがて彼は老い、人々に、自分の時間ジャンプ(感覚的な)を講演し始め、一部から熱烈な歓迎をうける。人々は、彼がトラルファマドール星人に教わった「死はただのイベントに過ぎない」という考えを好んだのだ。

 そして講演中、ビリーは唐突に暗殺される。

 大戦中、ヘボ新兵だったビリーを目の敵にしていたウェアリーという兵士が、自分の死を彼の責任にして死ぬと(事実は違う)、彼の友人ラザーロが執拗にビリーを狙い始め、数十年後、ラザーロは公演中のビリーを射殺したのだ。

 これを、形而上のたとえ話としてみれば、「死は恐れるものではない」というビリーの、ということは、トラマファドール星人の、「死に重きを置かない、諦観(ていかん)ではない楽観主義」の話だし、SFとしてみれば、奇妙な宇宙人に奇妙な時間ジャンプ(しかも彼は未来も過去も変えられない)をからめた不条理SFのようにも見える。

 だが、別な見方をすれば、「これらすべてを現実である」と考えることもできる。

 なぜなら、ビリーが時間ジャンプし始めるのは、中年になって、飛行機事故を経験した後だからだ。

 事故で、彼の脳が何らかの機能不全、高次脳機能障害を起こしたと考えれば辻褄があう。

 ビリーは「未来」へはジャンプできず、「今まで経験した」過去へ意識ジャンプする。

 これはつまり、彼が、突然、現実から離れ、過去の記憶に囚われるという脳障害を起こしているとみることもできる。

 かつて、どこかで観たポルノ女優と一緒に、ガラス張りの部屋で生殖を含む行為の観察を、トイレの掃除道具に似た宇宙人にされているというのも、脳障害による妄想と考えれば納得がいく。

 そう考えれば、彼が、彼の人生のあらゆる時間を移動できる時点は、彼が最大限生きた瞬間、つまり暗殺される直前ということになる。

 つまり、ラザーロの銃弾が銃口を離れてビリーに命中するまでの短い時間だ。

 その短い時間に、「人生が走馬灯のように」なんていうけど、ビリーは自分の人生を、さまざまにランダムに振り返ったのではないだろうか。

 じゃあ、やっぱりトラマファドール星人は幻覚か……

 なんて見方もできるということです。

 人が「ものを感じる」というのは、あくまでも認知論の問題で厳密な科学ではないのだから。

 話は変わるが、ドレスデン空爆の後、事態を収拾しにきたソ連軍によって、ビリーの頼りになる友人(しかもイイやつ)はあっさりと銃殺されてしまう。

 「何も盗むな」と厳命されていたのに、自分の家にあるのと同じちっぽけな置物(だったかな)を、何気なくポケットにいれたのをソ連兵に見つかったからだ。

 ゴミ同然のガラクタだから、何も考えずにポケットにいれたのだが、杓子定規なソ連軍兵士には通じなかった。

 彼の犬死は、立派な人格者でも、あっさり死んでしまうことがある、という無常観を示しているのだろうか。

 これに引き換え、ロベルト・ベニーニの「ライフ イズ ビューティフル」の死に様はひどすぎる。

 必要もなく、チョカチョカ動きまわったあげく銃殺されるのだから。

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