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いらっしゃいませ、そして永遠にさようなら スウィニー・トッド~フリート街の悪魔の理髪師~

もともとは、英国で150年以上も前に書かれ、これまで何度も小説、舞台やミュージカル、映画などの題材になっている殺人鬼の物語を映画化した作品だ。

 監督は、ティム・バートン、主演はジョニー・デップ、ヒロインは監督の妻ヘレナ・ボナム=カーター。

 まあ、バートン監督は「スリーピィ・ホロゥ」などの怪奇モノが好きだし、この作品が以前に映画化されたときも(1997年:ベン・キングスレー主演)、ぜひやりたいと言っていたそうだ。(その時は、不幸にもスケジュールが合わなかったらしい)

 喧噪の大都会に潜む殺人鬼、そして殺した者の肉を客に食べさせるカニバリズム。
 大衆の下世話な欲望を心地よく刺激する内容だけに、多くのクリエイターが、これを自分なりに表現しようとしてきた。

 演劇、映画、舞台……そして、その度に制作者は新しい解釈を試みる。
 まあ一種のクラシックですね。スジは決まっているけど、ちょっと変えてみる。

 オペラなんぞでも、そういった解釈違いで新作ってのはままある。

 いわば「雑巾を絞って大海を生みだす」というやつです。

(この間、プッチーニの悲劇「ラ・ボエーム」を第二次大戦下のドイツという設定でやっているのを観たが、あれはひどかった。なんか、とにかく新しくしたいから、とりあえずやってみました感がアリアリby takanotume)

 さて、この映画、結論から言いますと……わたしは好きです。

 名作、とは言えないまでも、観て損は……しない多分。

 原作では、ただ意味もなくヒゲを剃るフリをして無差別に首を切り裂く殺人者だったスウィニー・トッドが、この映画では、権力者に妻を奪われ娘をとられた復讐者として殺人を犯す。

 そのため視聴者は殺人者に感情移入することができる。

 最近の舞台等のリメイクでは、時代(産業革命下の英国、人間の労働力化、個人の否定等)に押しつぶされた故の殺人者として扱われることが多いそうだが、この映画ではそんなことはない。

 彼は復讐者なのだ。

 ああ、それより、先に言っておかないと。この映画はミュージカルです。
 わたしは知らずに見て驚いた。
 後で調べてみたら、ブロードウェイの舞台でも人気を博している作品で、日本でも宮本亜門あたりが演出しているらしい。

 冒頭、若き船乗りが、煙にけむる(「霧にけむる」じゃない。19世紀のロンドンは霧でなく暖炉の煙でケムっていたのだ)退廃したロンドンを見て、イキナリ歌を歌い出してびっくり。

 「この街は驚くことばかり~」

 すぐに背後から、眼に隈をつくり、メッシュに白髪化したデップが歌を重ねる。
 「若い君は知らない。この街の腐敗を~」

 話す声と歌声が同じに聞こえたから、吹き替えじゃないと思うけど、ジッサイはどうなんだろう。多分歌っているんだろうな、本人が。

 歌詞は不吉なものの、曲は甘く美しい……。まるで、「マイフェアレディ」の「君住む街」のような。

 ロンドンの街に降り立ったデップは、船乗りと別れ、もともとの住まいであったフリート街に行き……、一階の、ゴキブリだらけの店でパイを作るラベット婦人(ヘレナ・ボナム=カーター)に出会う。

 後に人肉でミートパイをつくるラベット婦人をヘレナ・ボナム=カーターが好演している。目に隈をつくって、ナイトメア・ビフォア・クリスマスのサリーそっくり。

 まあ、この人は、かのフランケンシュタイン(ロバート・デニーロのやつ)で、無理矢理生き返らせられた人造人間の役を熱演した女優だから、いかにもティム・バートン好みなんだろうな。ふたりは結婚もしているし。

 いや、ジッサイ、この冷酷でホットで、冷たくて人情家で、そして非道徳的で情熱家な女性が良い。

 この映画の魅力は、彼女がすべてだと言って良いほどだ。

 床屋の美しい妻に横恋慕した判事(アラン・リックマン!ダイハードマンの最初にして最大の敵:好きです)に無実の罪で投獄され、妻を奪われ(のち服毒自殺)娘をとられ、何もかも失って帰って来た男……彼女はずっと前から、ハンサムな彼のことが大好きだったのだ。

 最初の殺人を犯したデップに「なぜ殺したの」と詰め寄りながら、「俺をゆすったのだ」と彼が答えた途端「じゃ、殺されて当然ね」

 こういった、ちょっと舞台くさい演出も、役者の力量もあって気にならない。

「死体をどうしようかしら。肉がもったいないわ~」
「**婦人の店はミートパイが人気。でも、店の近くのネコがどんどんいなくなっている。ネコは身が少ないから一匹でパイ4,5個。でもこの肉なら~無駄にするのはもったいないわ~」

 もちろん歌ってます。しかも、明るく、美しい曲にのせて……

 原作で、通りの向かいにあった肉入りパイの店は、床屋の一階に移された。
 そのおかげで、二階で殺してすぐに、新鮮な肉が秘密の装置を使って地下の厨房に逆さ落としにされる演出が可能になった。
 この装置が、あのバットマン(ティム・バートン監督)の出撃マシンによく似ていて笑わせる。

 この映画の一番の収穫は、中盤、偶然からヒゲをそりにやってきて、特製殺人椅子に腰掛けたアラン・リックマンの喉に鋭い刃物を当てながら、白い喉を掻き斬る瞬間を楽しみつつデップが歌い、リックマンはリックマンで、育ての娘(床屋の娘)と結婚する夢を見つつ歌って、やがてデップとリックマンがハモりながら(違う歌詞を)美しく歌う場面だ。

 だって、ジョニー・デップとアラン・リックマンが地声で歌ってハモってるんですぜ、ダンナ。

 なんだか涙出そうになりましたわ。

 これほどきっちりと同床異夢を映像化したシーンって、かつて無いのではないかな?

 やがて……

 途中、それとは知らずにデップの娘と恋に落ちた船乗りを巻き込んで、止めようもなく話は進み……唐突におわる。

 そう終わらないと、しようがない終わり方で。

 復讐は果たされ、殺人者には死が。

 少し、、ザンコクなシーンはあります。が、観て損はしないような気がちょっとはすると思うと言い切れればいいな、と思うこのごろであります。

 ときたま眼を覆いながら観れば大丈夫。機会があれば、観てください。

●もうひとつ、好きなシーンをご紹介。

 人肉入りパイが大評判になって金がどんどん儲かり出すと、ラベット婦人は、デップと下働きの小僧をつれてピクニックに出ます。(不健康で、顔は黒く眼には隈のある二人、これほど日光が似合わないカップルも珍しいのに)

 そこで、彼女は、将来の夢を語り歌を歌います。

 その想像の中の映像がいい。

 明るく爽やかで、でもちょっと現実味が薄い。なぜなら明る過ぎ、美し過ぎる映像だから。どこかで見た画だな、と思ったら、同じくバートン監督の男のおとぎ話「ビッグフィッシュ」の映像そっくりだった。彼の、イマジナリィ・ワールドはあんな非現実感のある色彩なんだろうなぁ。

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