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ふたりの女にひとりの男2 ~ベクシル~

ファイル 215-1.jpg もちろん、CGによる造形の美しさには好き嫌いがあるだろう。

 おそらく、わたしはこういった硬質な美しさが好きなのだ。

 前にも書いたが、わたしの考えでは、女性は可愛さと美しさで綺麗になれる。

 そして、これも私見に過ぎないが、たとえどんな者でも、特別の角度、ある一瞬には美しくなれるものだ。

 それを切り取るのが、グラビアカメラマンの腕だ。
 何百枚もカットを撮ってね。

 そういう表情を比較的多く生み出せる者を、ひとは美しいと呼ぶのだ。

 だからこそ、誤解を恐れずに書けば、100000の表情のうち、ひとつしか、そんなタイミングをとりえないモデルや山だしのネェちゃん、ニィちゃんをドラマの主人公にして、可愛い、カッコイイと持ち上げるのはもうやめて欲しい。

 もちろん、役柄を役者に投影して、理想のアニキ、理想の上司、はては理想の恋人と考えるのは視聴者の権利でもあると思うが、演技すら身に付いていないことも多い彼らの多くは表情でココロを語ることができず、セリフの多用でごまかそうとする(いや、演出家がそうせざるを得なくなるのだ)。

 それゆえか、最近のドラマ自体、怒声の応酬でうるさくてかなわない(ほとんどみないけど)。

 ベクシル、そしてこれに先立つアップルシードもそうだが、CGヒロインたちの多くは寡黙だ。静かすぎるくらい。

 本来なら、ツクリモノの画をごまかすためにこそ生声を多用すべきところを、あえて、言葉を廃し、表情でココロを現そうとしている。

 生身の人間のドラマでは、その者たちの能力もさることながら、何度もダメ出しすると、役者がスネたりエージェントが苦情をいうことがある。とくにハリウッドでは。

 CGによる造形ならそんな心配はない。何度でも、制作者の納得がいくまで、つくりなおし、演技させることができる。

 だから、彼女たちは寡黙で良い演技ができるのだ。

 そして、あたりまえだが、どの角度から見ても美しい。

 「ファイナル・ファンタジー」では、あえてヒロインに醜い部分も与えて、人間らしさを出そうとしていたが、「アップルシード」も「ベクシル」もそんなまどろっこしいことはしていない。

 全開で、美しさを前に押しだそうとしている。

 その勢いは、顔を非対称にすることすら忘れているように見える。
 ご存じのように、人の顔は絶対に非対称であるから、リアル感出したければ、CGもそうすべきなのだが、ベクシルはそうしていない(たぶん)。

 まるで(顔もスタイルも)完璧な人形が話し闘っているようだ。

 ベクシルのすこし吊り上がった驚くほど大きく青い瞳、そしてマリアの鳶色の瞳も吸い込まれるように美しく、精神的な強さすら感じる。

 これで、可愛さが出てたら綺麗な女性の造形になれたのに、残念だ。

 そう、個人的には、まだこれらの造形は、綺麗なところまではいっていない。
 美しいどまり、だ。

 しかし、間違いなく、この映画のヒロインたち、特にマリアはカッコイイ女性だ(やっとテーマにきた!)。

 すっごく恥ずかしいベタな表現をすれば、闘う博多人形。クール・ビューティの具現化がマリアだ。

 えーい。もうここで、ネタバラししてしまうと、鎖国10年で、日本民族は壊滅していたのだ。
 10年前の鎖国直後に、日本を牛耳る世界企業大和(ダイワ)が、国民を騙して、人の細胞をナノレベルで生体金属に変えてしまう「サイバーウイルス」を注射し、ニンゲンの日本人はいなくなった。民族壊滅……よくやるよ。

 むろん、マリアも同様。撃たれればオイルのように黒い血が流れる。

 だからといって、身体能力は生身のままなのだから、どうしようもない。
 ダイワは、研究データが欲しくて人体実験をしただけなのだ。

 人々は、人間性を無くしてはじめて、ものを食べる必要がなくなってはじめて、昭和30年代のような世界、屋台で焼き鳥を食べつつ口論するような生活を演じているわけだ。

 やがて、壊滅したと思われたSwordで、レオンだけが生き残り囚われていることがわかる。

 同時にマリアたちは、世界に実験を広げようとするダイワの野望を潰すべく、東京湾状に作られたダイワの巨大プラントを破壊するミッションに入る。

 彼女たちに残された時間は少ないのだ。
 マリアたちは、徐々に体を生体金属に置換され、最後に脳の重要部分が置き換えられると、感情を失いダイワの木偶(デク)、あやつり人形と化してしまうからだ。

 レオンの無事を聞いた時の、ベクシルの喜ぶ顔を見るマリアの表情がイイ!
 彼女は、ベクシルが、現在のレオンのナニであるかをそれで知るのだ。

 だが、彼女は気持ちを安易に言葉にはしない。

 よく、「言わなければ伝わらない」という標語を、何でも発言するヨリドコロにする風潮があるが、わたしは反対だ。

 言葉は不完全だからだ。

 よしんば、その標語を使うにしても、ハラの中には、必ず「言葉にするとウソになる(あるいは変質してしまう)こともある」という裏標語をセットにもっていなければならない。

 それをしないから、昨今は、ギャアギャア自己主張ばかりする思慮浅きモノであふれてしまうようになってしまったのだ。(もちろん私見です)

 やがて、ベクシルもマリアの体の秘密と、彼女がレオンのかつての恋人であることを知る。

 その時のベクシルの表情もイイ!
 ああ、この人にはとてもかわない。ひょっとしたら、ワタシは、この人のデキの悪いミガワリでしかなかったのではないか、いやきっとそうだ……

 彼女のそんな気持ちがダイレクトに伝わってくる。

 だが、マリアはもうヒトではないのだ。

 このふたりのイイオンナにはさまれて、イロ男レオンのなんと存在感のない薄っぺらさ、怪我してフラフラだし。

 二人から愛された、ボルサリーノのローラ、冒険者たちのレティシアの魅力ぶりに比べて情けないかぎりだ。

 まあ、ふたりの異性から愛されてより魅力的になるのが女性で、エネルギーを吸い取られてちょっと元気なくなってしまうのが男っていう分け方もアリかな。

 ともかく、カッコイイ女たち、を観たければ、ぜひ「ベクシル」を観てください。

 ちょいヲタク視点からいえば、彼女たちが、ダイワ本部に突入するときに使うワザ、あの板野一郎も泣いて喜ぶそのワザは、アニメファンにはぜひ観てもらいたい。

 観終わってちょっと悲しいのが難ですけどね。

 ああ、ちなみに、ロボット化し廃棄された日本人が、荒野でなり果てるジャグは物語でも重要な役割を果たしますが、デューンのサンドワームそっくりです(イメージ的に)。

 もちろん、フランク・ハーバート原作の名作からインスパイアされたのでしょうが、 ここんとこ、もうちょっとオリジナル性が欲しかったな、という気がします。

ふたりの女にひとりの男1 ~ベクシル~

 これは「カッコイイとはこういういことさ」のちょっとした続きの話。
 

 ベクシル(Vexille)は、2007年制作の日本3Dアニメーションだ。
 分類的には、ファイナルファンタジーやアップルシードと同じ場所に位置する。
 そのどちらもご存じない方には、「モンスターズ・インクのリアルSF版」と考えていただければ良いかと思う。
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 名作「グロリア」より、無名?なこちらを先に書きたくなってしまった。

 が、その前に……

「ボルサリーノ」と「冒険者たち」どちらも、わたしの大好きな映画だが、このふたつには共通点がある。

 なにかわかりますか?

 え、どちらもアラン・ドロンが出演している?
 どちらもフランス映画?
 いや、そんなありきたりの答えじゃなくて……

 そう、タイトルとは正反対となるが、ふたつとも、「ふたりの男にひとりの女」を描いた映画なのです。

 なんか、ちょっとヤバそうな感じがするでしょう?
 まあ、その逆である「この回のタイトル」にも同様の感じがしますけどね。

 皆さん、どちらもご存じとは思いますが一応説明すると、

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「ボルサリーノ」は、1930年代のフランス、マルセイユが舞台。冒頭、ムショに入っていたチンピラ(アラン・ドロンが好演)が出所するところから話は始まる。
 さっそく、自分を売ったイタチ野郎の店に火を放って報復したドロンは、愛人ローラの居場所を見つけ出すと会いに行く。

 だが、ローラ(カトリーヌ・ルーヴェルが、人生の苦みを知りつつキュートでコケティッシュに好演)は、すでに新しい愛人(ジャン・ポール・ベルモンド)とよろしくやっていたのだ。

 当然、殴り合いになるふたり、だが、さすがフランス映画、アメリカのように、女性を単純に「俺のモノ」扱いにはしない。

 やがて二人は意気投合し、ローラ手作りのブイヤベース(だったっけ?)を、彼女の給仕で食べながら、「ローラのこの味が最高なんだ」「そうそう、スパイスが隠し味だな」などと語り合う。

 それを笑顔で見つめるローラ。

 このあたりで、わたしはもうダメなんだなぁ。

 あり得ないでしょう。普通、というか日本では。
 さすが、大らかな港町マルセイユ、そして、認めたくないが、恋愛に関してだけは大人の国フランス。(わたしは根本的にフランス人、というかパリジャンが大嫌いなのだ。:それはまた別項で)

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 次に「冒険者たち」
 これはもう、タイトルを口にするだけで、LES AVENTURIERSと目にするだけで、もうダメ。

 批評も批判もできなくなる。
 ほんの子供の頃、おそらく8歳くらいに、テレビ放映で観た時の印象があまりに強く、物語自体に恋してしまった弱みだろうな。

 だから、簡単に、あらすじだけを紹介だけしよう。

 野心はあるが金がない青年飛行家マヌー(ドロン)と中年技術者ロラン(リノ・ヴァンチュラ)は、現代金属オブジェ・アートの個展を目指す若い女性、レティシア(ジョアンナ・シムカス)と知り合う。

 マヌーがパイロット免許を失い、ロランが開発していたエンジンを炎上させ、レティシアが個展で失敗したのを契機に、三人は宝探しにアフリカに渡る。

 どんよりとしたパリ郊外のフランスから、強烈な太陽が照りつけるアフリカの海へ。

 それだけで、観ているわたしの体温も上昇しそうになる。

 つまり、青春冒険映画なのだな(言ってて恥ずかしいが、この映画の場合はヨシとしよう)

 初めからマヌーはレティシアに惹かれていた。

 おそらくはロランも。

 だが、トシのことも考えて、レティシアはマヌーとがお似合いだ、という態度をロランはとり続ける。

 じつは、レティシアは、天下の二枚目アラン・ドロンよりも、ちょいハラが出て、頭ハゲかけのロランが好きだったのだ、という中年の憧れ設定なのだ。

 やがて、宝は見つかり、彼らが大金持ちになったとたん、レティシアは宝を狙うギャングに殺される。

 パリに帰った男ふたりは、しばらくはすることもなく無為に過ごすのだが、やがて、レティシアの遺族に彼女の分け前を渡そうと考え、彼女の故郷に向かうのだった。

そうすることで、死んでしまった彼女とのつながりを保とうとした。

 だが……

 さあ、もうわかったでしょう。
 ふたつのフランス映画、そして「ふたりの男にひとりの女」という意味。

 つまり、同じ女を愛する男の本質は似ている、ということだ。
 だから、ふたりは親友になり得る。

 これは、アメリカ人のセンスじゃないわな。あんなオトナコドモの精神しか持たない男たちが蔓延する国ではこの考えは難しい。

嫌いだがフランスだから、といった感はある。

 鏡像のように、兄弟のように似たふたりだからこそ同じ女を愛した。

 だから、女を軸に、しっかりと地面に立つ屏風のように男ふたりは結びつき、軸がなくなった後ですら、その結びつきを弱めない。

 これが、わたしの好きな「ふたりの男にひとりの女」だ。

 で、それとは正反対な「ふたりの女にひとりの男」が映画「ベクシル」なのだ。

 ベクシルは、米国特殊部隊SWORD所属の女性兵士である。
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 彼女は、Swordのリーダーであるレオンと恋仲だ。

 2077年、日本がハイテク鎖国に入ってから10年が経とうしていた。

 鎖国と言っても、江戸時代のものとは違う超ハイテク鎖国のため、スパイ衛星のからの盗撮すら不可能な絶対鎖国だ。

 現在(2077年)の日本国内がどうなっているのか、世界中の誰も知らない。

 圧倒的に優れたロボット工学による、兵器・工場機械の輸出によって、世界を席巻(せっけん)している日本には、国連やアメリカといえども下手な口出しはできないのだ。

 レオンは、日本が鎖国を始める10年前までは東京にいたのだった。

 やがて、日本の不穏な動きを察知して独自捜査に乗り出すSWORD。

 彼らは、偵察部隊を絶対鎖国の日本に送り込むことにする。

 志願して隊長となるレオン。
 ベクシルも斥候(せっこう)部隊に参加志願する。

 時折、レオンが見せる表情から、彼が超危険なこの任務に、正義感からだけで参加していないことを恋する女のカンで見抜いたベクシルは、自分も日本に行こうとするのだ。

 潜入後、ひとり仲間とはぐれたベクシルは、ある女性に助けられる。

 それが、レオンのかつての日本での恋人、マリア(下写真右)だった。
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 レオンは、彼女が心配で日本に潜入したのだ。

 不安を感じて粗末な小屋から飛び出ると、そこは、夕陽が照りつける、横浜ラーメン博物館もとい香港の女人街のような、ハダカ電球をつるした屋台と人混みが際限なく続く雑多で活気のある、どこか懐かしい三丁目の夕陽的世界だった。

 背後から銃を突きつけられ、小屋に戻されるベクシル。

 銃を持っていたのはマリアだ。

 このマリアがイイ。実際に観ればわかるが、彼女がこの映画の真のヒロインだ。

 寡黙で冷静で毅然としていて、美しい。

 あー5000字越えた。続けます。

カッコイイとはこういうことさ (その二)

 やっぱり気持ちが悪いから、不完全版ながらさっきの話の続きを書きます。

 急いだので、誤字脱字があるかもしれませんがご容赦を。

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 俺は呆れてものがいえなかった。
 このユニットはバカばっかりだ。
 理屈で考えたら、こんな任務は投げだすのが当たり前だ。
「いくら軍といったって、俺たちに、ただ死ねとは命令できねぇだろう」
 俺は、理屈の塊、といった顔で、黙り込んでいるスイス野郎に向かって同意を求めた。 こいつなら分かるはずだ。
「いえ、わたしもやります」
 俺は耳を疑った。
「お前、何をいってやがる。リクツで考えたらわかるだろう。お前の好きな論理だよ」
「論理で考えると、数人の犠牲で星が救えるなら、そちらをとるべきでしょうね」
「お前、死にたいのか?」
「死にたくはありません。わたしにも、結婚したばかりの妻と母親が故郷にいますからね。でも、だから、ここで食い止めないと」
「勝手にしろ、バカどもが」
 俺は、チタン・トーチカの隅に転がっているナパーム・ブラスト砲を取り上げると、出て行こうとした。
「あーすみません。ブラスト砲は置いていってもらわないと。弾もね」
 スイス野郎が、あっさりと言う。
「なんだと。アタマのネジがとんじまったか?」
 俺は鼻でわらった。相手は50億の巨大ゴキブリグモの大群だ。手ぶらで放り出されたら、どこに逃げても致命的じゃねえか。
「それは、あなたの勝手ですよ。でも、軍の備品は軍事行動に使うのが正しいのです」
「うるせぇ。お前らは勝手に死んでろ」
 その時、トーチカの入り口に巨大な影が立ちはだかった。
 白デブオヤジだ。
「どけ、怪我しねぇうちにな」
「ダーめです。ブき、置いていきなサイ」
「うるせぇ」 
 俺は、オヤジに飛びついた。
 体重があるだけに、ロシア野郎は案外よく闘った。
 俺は、振り回され、アーミー・ベストを引きちぎられながらも、何とかデブの首を地面に押しつけることに成功した。
「よし、そこまでだ」
 声と共に、カチャリと、冷たい銃のコッキングの音が響いた。
 見上げると、ジャックが俺に銃を向けている。
「おまえ……」
「俺たちは、あんたを引き留めようというんじゃない。あんたは、逃げるなり、救助を待つなり好きなようにしたらいいのさ。俺たちは、ただ闘うと言っているだけだ」
 俺は、腹の中でニヤリと笑った。
 こんな状況は、ブロンクスでも何度かあった。それを切り抜けて俺は今、生きてるんだ。

「わかったよ。俺が間違っていた。一緒に闘おう」

 ここからは、チョイ詳しメの梗概(あらすじ)で書きましょう。

 作戦トーチカから、谷間近くの迎撃トーチカに移動して戦闘が始まると、それは主人公の想像以上の激しさとなった。

 途中で、ブラスト砲を抱えて逃げだそうと考えていた彼も、生き延びるために必死で闘わざるを得なくなる。

 しばらくして、彼は致命的な失敗をしたことに気づいた。
 トーチカにナパームブラスト弾を落としてきたことに気づいたのだ。

「おい、おまえ、あと何発ブラスト弾をもってる」
 彼は、塹壕の中で忙しく動き回っているスイス人に声をかけた。
「三発ですね」
 即座に彼が答える。
「俺はあと一発だ。さっきの殴り合いで落としちまった」
 この後、スイス人とロシア人の間で、どちらが弾を取りに行くかで、言い争いになる。
「待ってください、あの人はどこですか?」
 突然、スイス人が大声を上げる。
 気がつくと日本人の姿が消えていた。
「彼は、さっき、こっそりと出て行ったよ」
 ジャックがいった。
「あの日本人、逃げやがったな」
 唸る主人公。
「お前、どうしてとめなかったんだ。あんなチビでも、銃を持てば戦力なんだぜ」
「いいかげんにアタマを働かせたらどうだ」
「なに?」
「彼が、どこに逃げる?」
「まさか、あいつ……」

 やがて、ドアを開け、日本人が倒れ込んでくる。
「ここに、ブラスト弾があります。と、取ってきました。だから、喧嘩をしないで……協力して……」

 そういって彼は気絶する。

 彼は片手と片足を失っていた。

「今で、三時間経ちました。予備の弾があればあと二時間、なんとかなるでしょう」
 そういいながら、気絶した日本人にスイス人が手早く止血処理をした。

 だが、戦局は、どんどん厳しくなってくる。

 今や、チタン・トーチカの周りはコックロニドだらけで、彼らが体当たりするたびに、重さ20トンのトーチカは小舟のように揺れ動く。

 作戦開始から、4時間50分たった。

 救助機が来るまで、あと10分だ。

 だが、それまでに、ジャックが壁を突き破ってきた角に刺されて死んでいた。

 ここから、ちょっと小説モード。

「ココ、マモらないト、ダメ。あーなた、ハやく、ここ去る」

 ロシア人は、まっすぐに俺を見つめていった。
 恐怖で、瞳孔が小さくなってやがる。
 唇の端からは涎までたらすビビリようだ。
「何をいってやがる、バカ」
「ハヤく、アナた、彼を連レテいく。ハヤク!」
 ヤツは、日本人を指さしていった。
 考えられないことに、俺は、ウスノロの白ブタ野郎に圧倒されていた。
 俺だって荒っぽい育ちだ。命知らずは何人もみた。
 だが、やつらをここに連れてきたら、全員が腰を抜かして、アタマを抱えるだろう。
 恐怖のあまり、おかしくなってしまうかも知れない。
 だが、この男は、恐怖で目が引きつり、よだれを垂らしながらでも、ここを守ろうとしている。

 俺は、何か言おうとした。
 今まで、感じたことのない感情が、俺を満たしはじめていた。
 だが、俺の気持ちは、言葉にならなかった。
 俺は、だまってロシア人を見つめた。
「アレクセイ・ユルゲイノフ」
 それが名前だと気がついて、俺も言った。
「俺はホワイト、ホワイト・ワシントン」
 ロシア人は頷く。

 俺は、日本人を担いだ。

 扉の前で、スイス人が俺を遮(さえぎ)った。
「合図で、扉を開けてください。わたしが先に出て、道を切り開きます」
「同時にでて、ブラストを打ちまくって血路を開いた方がいいぜ」
「それでは、怪我人を担いだあなたが、うまく逃げられない」
「だが……」
「いいから、はやく。あと5分しかないんです」
 また、俺の心がうずき始めた。
 だが、それは痛いんじゃない。なぜかしら、気持ちの良い、暖かい痛みだ。
「コリン、それがわたしの名前です。名字は発音が難しいから、コリンでいい」
「コリン……」
「ホワイト。さあ、開けてください」

 扉を開けると、コリンが飛び出していった。
 凄まじい音とコックロニドの悲鳴が交錯する。

 音は徐々に遠くなり、最後に、恐ろしい爆音と地鳴りがしてトーチカの外は静かになった。

 日本人を担いだまま、俺はドアを開けた。

 回収場所まで、まっすぐに道が出来ていた。

 道の終わりに、巨大なクレーターが出来ている。

 いま、起こったことは明らかだ。

 コリンは、ブラストを打ちまくって突っ走り、最後に、アニヒ爆弾を使って自爆し、コックロニドを掃討したのだ。

 俺は、もう一度、アレクセイを振り返った。
「サ、イって、ホワイト、ハヤく!」

 俺は、最後に、何か言おうとした。
 だが、言葉は出てこなかった。
 俺は、今まで自分はアタマが良いと考えていた。
 だが、実際は、なんてデキの悪いアタマだ。
 俺は唸り……なんとか言葉をひねり出そうとして、最後にひと言だけが、喉を通り抜けた。

「あばよ。アレクセイ」

 扉を開け、走り出ると、俺は叫びながら異星人の死体の上を突進した。

 胸の中に溜まった熱いかたまりが、俺の喉を通り、叫びとなってほとばしっていた。

 顔に生ぬるさを感じて手をやると、濡れていた。
 信じられないことに、俺は泣いてたのだ。

 ガキの頃、母親の指図で、変態ジジィの相手をさせられて以来、泣いたことなど無かった俺が……

 コリンが作ったクレーターにたどり着くと、俺は、座標を確認した。
 誤差無し。ぴったり合流地点だ。

 さすがコリンの作ったクレーターだけのことはある。

 俺は日本人をおろし、ブラストを構えて救助船を待った。
 1分、2分、予定の時刻を過ぎても、船はこなかった。
 クレーターの縁で蠢(うごめ)く影が見えた。コックロニドが近づいているらしい。
 さらに2分が経つ。
 もうダメかと諦めた時、漆黒の空に、フラッシュライトが光るのが見えた。
 だが、船は旋回をするだけで、こちらには気づかない。
 俺は、ビーコンを探ったが、コンバットベストは、アレクセイとのもみ合いで無くなっていた。日本人は、手当の時にベストを脱がされている。
 諦めかけた時、1キロ先のトーチカが、凄まじい閃光を放って消滅した。
「やったな、アレクセイ」
 おそらく、トーチカを攻め落とされたアレクセイが、コックロニドを道連れに自爆したのだろう。
 閃光は、クレーターの真ん中に立つ、俺の影を長く浮かびあがらせた。
 救助船のボンクラどもも、それに気づいたようだ。
 ゆっくりと降下してくる。
 俺の胸の高さでホバリングした船は、スライドドアを開けた。
 俺は、差し出された手を払って、日本人をそっと抱き上げると、船に押し込んで、叫んだ。
「足と手を失っている。そっと扱ってくれよ。友達なんだ」
 救命員は、耳に手を当てて聞き返す。
 俺は、いいんだ、と、手を振って、船のサイドバーにつかまった。
「行ってくれ」
 船は上昇を開始した。

 いきなりのショックを足に感じた。
 いつのまにか、コックロニドの群れが近づいていたのだ。
 凄まじい力で下に引かれると、俺の体は地面に落ちていった。
「いいんだ、行ってくれ」
 落下しながら、俺は、何か叫ぶ救助員に向かって言った。
「せめて、アイツだけでも助けないと、俺たちのやったことが無駄になるからな。なぁジャック、コリン、アレクセイ……」
 急速に小さくなる船を、コックロニドの間から見ていた俺は、やがて、世界が純白に輝くのを感じた。なんだか、とてもいい気分だった。

「ついてる野郎だ……」
 救助員が、床に倒れている日本人を見下ろしていった。
「この作戦で、助かったのは、こいつを含めて10名以下だろう」
 パイロットが振り返って言う。
「まあ、死んでもともとの犯罪者だからな、コイツらは」
「だが、あの大男の黒人は、いったい何を言っていたんだ」
「さあ、コイツを頼む、と言っていたような気がするが……」
「まさかな」
「国なしの日本人を、まして犯罪者の日本人を誰が助けたがるっていうんだ」

 パイロットが、そう言った瞬間、星全体が銀色の光に包まれた。

「まあ、結果的に、安い代償でこの戦争に勝つことができたな」
「地球のゴミ掃除ができて、同時に戦争に勝つとは、うまいやり方だったな」
「本当に、うまいやりかただった」

 こうして、アルバリア星系からMクラスの惑星がひとつ消滅したのだった。

             <了>

 あ、カッコイイ話じゃなくて、嫌な話になってしまったかも。

 蛇足ながら書いておくと、どうやら、わたしは勝てない戦いで、逃げても良い状況下、弱い人間が見せる一瞬の勇気、というやつと、頑なな心が溶けてその下から純な気持ちを見せる一徹モノの話が好きなんでしょう。

 おはずかしい。

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